「岩ぞう」シリーズ
「ゼニス もうひとつの弱点」
その果てに見た物は・・
<1> ガス欠        ある夏の日。2台のMGBは、涼しげな山間を目指してガレージを発った。
1台はグリーン、1978年生まれの日本仕様。もう1台は紺で1963年生まれ、本 国
仕様。年の差こそあれ、双方ともに快調に幹線国道へ合流した。
 渋滞気味のセクションを過ぎて、さあここからがオープンエアの醍醐味・・ ・
とした矢先に、グリーンのMGBが不調を訴えた。「アクセルを踏み込むと咳 き
込む」と無線機が言うのだ。
 まずは大事に至る前に、広場へクルマを停める。

 グリーンの彼いわく、
 「なんかガス欠みたいなんだ。普通に流れてるときは何でもないんだけど、 前
のクルマ追い越すときとか、さっきの登りやなんかで、アクセル踏み込んだら ボ
ボボッボッて(エンジンの)回転が落ちる・・・ふつうに走ってるときゃナン も
ないのに・・・」
 「それじゃストレス溜まっちゃうな。う〜ん、で(症状は)いつから?」
 「そーだよ〜・・・いま、いや、街なかの信号待ちのスタートなんかでもあ っ
たかな?」

 ・・・というやり取りである。頭上に広がる青空をそっちのけに、ゴソゴソ 工
具箱を取り出した。それにしても何だろう?
 ガス欠と言うからには、まず燃料ポンプを疑うが、ホースを外して吐出量を 見
る限り問題はない。「アクセルを踏み込んだときに」という条件のトラブルだ か
ら、フィルターの目詰まりとは逆の症状だ。
 では、キャブか、EGR(エキゾースト・ガス・リサーキュレーション=排 ガ
ス循環経路)なのか、はたまた点火系統・・・?
 困惑に窮する2台のMGBであったが、結局原因を特定できない。
 一気にアクセルを踏まない限りは走行可能、ということで、抜けるような晴 天
に辛抱堪まらず、再び路上に舞い戻った。
 「平気だよ。せっかくの天気だから、騙しだまし走るから・・・」

<2> おおっ、ゼニス!!

 「だめだ〜、ダメダメ!。もう全然ダメー!」
 先行するグリーンのMGBから、無線機が告げる。
 「みたいだねー。で、どーなのぉ?」
 「もう、スロットル動かしただけでダメ。アイドリング以外きかない」
 「じゃ、止まりやすいとこ停まってー・・・」

 いよいよ走れなくなった。たまに咳き込むが、確かにアイドリングは回って い
る。パーコレーションでもなさそうだ・・・ボンネットを開けて、あれやこれ や
と頭をひねってみる。
 「あのう・・・こんなこと無いと思うんだけど、ダンパーオイルあるよねえ ?」
 「キャブの?。入ってるはずだよ、けさ出る前に減ってたぶん注ぎ足したか ら」
 「そう、そうだよね」
 「でも、ダメ元で見てみようか」
 「・・・・」
 「ウッソ〜ォ!!!」
 ウソではなかったのである。つい2〜3時間前に満たしたはずの、ゼニスキ ャ
ブのダンパーオイルは、ほとんど残っていなかったのだ。
 これでは走れないのも無理はない。インマニの負圧を利用して混合気の濃度 と
量を制御する<可変ベンチュリー型>のキャブだ。ダンパーオイルが無ければ 、
スロットルが僅かでも開くとサクションピストンは飛び上がってしまい、吸入 空
気の流速や量に見合った混合気が供給されず、極端な希薄混合状態を起こす。 エ
ンジンは回せない。

 「オイル持ってる?」
 「あ〜ん、きょう置いて来ちゃった」
 「たしかこの先にガソリン屋があったから、そこまで行ってもらって来るよ 。
チョイここで待ってて・・・」
 紺のMGBは、ギアを入れるももどかしく、峠のてっぺんにあるガソリンス タ
ンドを目指してそこを発った。

 かくて、50ccほどのオイルを頂戴し、再度、ゼニスのダンパーを満たしたの だ
けれど、それから10分も走らないうちに、またしても同じ症状を起こし、繰り 返
した。アイドリングはOK。アクセルを踏むとガス欠症。調べるとダンパーオ イ
ルが無い。
 しかも間隔は徐々に短くなっていった。
 もうツーリングどころじゃない。オイルを注ぎ足す限りには走れるが、残り の
オイルも心細い。第一これでは面白くもなんともない。2台のMGBは、最短 ル
ートにのってガレージへ引き返した。

<3> そんなアホな・・・

 でも、なぜダンパーオイルを消費したのか。ゼニスにせよ、SUにせよ、論 理
的には減ることのないモノだ。振動や蒸発で減少することはあっても、満たし て
10分で無くなるなんて、どう考えてもおかしい。構造上の損傷があるなら別だ が、
車載状態で診る限りでは心当たる箇所はない・・・。

 「ゼニス・ストロンバーグ/175CD」は、北米・カリフォルニアの排ガス基準 を
クリアするために、1974以降の当地輸出向けのMGBが装備した、SU/HIF型 キ
ャブに似た作動原理の<可変ベンチュリー型>キャブレターである。
 主な相異点とは・・・。
SU/HS型はメインジェット1個で全回転域をまかなうが、HIF型は独立したア イ
ドルジェットをそなえる。加えてゼニスでは、ファストアイドル・ジェット、 お
よびオートチョーク機構が付け足され、排ガス濃度の制御性と寒冷時の始動性 を
向上させた。
 ・・・はずだったのだが、その便利さと引き替えに負った複雑な構造が災い し、
日本仕様を含む多くのゼニス装備車が酷い目に遭っている。さらには、SU/HS
型と比較して、排ガス対策の申し子のように位置づけられ「スポーティ感に欠 け
る」と敬遠されることも少なくない。
 かかる理由からか、SUに比べると、ゼニスに関する書物や研究ソースはな い
がしろにされ、結果「ゼニス=へぼ」という構図ができあがってしまったよう だ。

 「で、どうする、このキャブ?」
 「SU買うカネ無いしな〜」
 「じゃ、なおす??」
 「これを?・・・やってみよっか!」
 まずもってキャブを取り外し、部屋の中へ持ってはいる。とにもかくにもど こ
からダンパーオイルが漏れているのか、それを突き止めなければ次へ進めない 。
すべからく修理は、構造と作動原理を知るが先決である。

 2日後。深夜の電話にて。
 「わかったよ、わかった、どっから漏れてるか!」
 「どこ?、やっぱ上から溢れてたの?」
 「いや、Oリングだったんだ、ニードルの・・・」
 「ニードルの?・・・Oリング??・・・ってことは下へ漏れてたっつうこ と
になんの?」
 「そう。要するに、ニードルを伝って漏れたオイルは、ジェットを塞いで( 燃
料が)気化できてなかったんだ。それでガス欠みたくなってた・・・」
 なんてこった。2ストじゃあるまいし、燃料と一緒にオイルを注いでいたな ん
て。ダンパーオイルを容れるサクションピストンの底が、ニードル側へ貫通し て
いるとは知らなかった。

<4> ゼニスの弱点

 本来、ゼニスキャブの機能や特徴は、まんざら捨てたモノではない。
 理に適った構造でよくできているのだが、経年の劣化によって、オートチョ ー
ク機構の<バイメタル・バネ>と、各所のゴム部品がイカれることが多いのは 否
めない。尤も、これらはキャブに限った劣化ではないが・・・。
 前者<バイメタル・バネ>は、気温と冷却水温度の差を利用して、温度変化 で
伸縮する<バイメタル>の動きで、始動時のチョーク作用を自動的に行う仕掛 け
である。アクセルにリンクした<バイメタル>は、劣化すると多くの場合伸び き
ってしまい、暖機後もチョークが効きっ放しになる。
 この症状をして、ゼニスの弱点と指摘される。確かに数多のMGBを見るに つ
け、オートチョーク機構が健全に作動しているケースは、そう沢山は無いよう だ。

 さて、SUと比べたゼニスの特徴的な構造は、もうひとつある。
 SUで言うところの「ジェット調整」がそれで、すなわち、全回転域の元に な
る混合気の<ミクスチャーレシオ=空燃比>の調整方法だ(注1・アイドル回 転
数と混同しないよう・・・。注2・先述のようにゼニスとSU/HIFの場合アイド ル
系を除く空燃比)。
 SUでは、ジェット・アジャストナットを回し、ジェットの高さを変えるこ と
によって、ジェット穴と固定されたニードルのギャップ(隙間面積)を変化さ せ、
普遍的な混合気濃度を決める(SU/HS型の後期モデル、AUD492以降などのスイ ン
グタイプのニードルは、取り付けにバネを介するが、任意の調整は不可能。こ れ
はピストンの振動を吸収し混合気を安定させる狙い)。
 一方ゼニスでは、ジェットが固定され、ニードルの高さを変化させてギャッ プ
を調整する。したがってジェットのロックナットはあるが、アジャストナット は
無い。そしてニードルの高さを変えるためには、ダンパーオイルを貯めるサク シ
ョンピストンの中心底にあるアジャスト・ネジを、専用工具によって回さなけ れ
ばならない。
 これこそが、ゼニスのもうひとつの弱点ともいうべき、今回のトラブルの元 凶
であった。

 サクションピストンの中心の筒には、キャップと一体のオイルダンパーが組 み
込まれる。アクセルの開閉による急激なインマニの負圧の変化で、ピストンが 急
上昇しないようにダンピング(減衰)するのが役目。ピストンの上昇時に、ダ ン
パーバルブを通過するオイルの抵抗を利用した仕掛けだ。
 そして、この底にニードルの高さを調整するアジャスト・ネジがあり、その 先
にニードルは取り付けられている。オイル室とニードルAssyの仕切り、つまり 気
密は、たった1個の直径1cmにも満たない<Oリング>で保たれている。

 ピストンの上昇時・・・。ダンパーバルブの抵抗をうけたオイルは、劣化し た
<Oリング>の隙間から漏れだして、ニードルを伝わり、気化の按配を繊細に 整
えるジェットを塞いだ。それは、ちょうど注射器で注入するのと同じ理屈だっ た。
原因は、オイルが不足していただけではなかったのだ。
 「で、どうする?。部品、MOSSに訊いてみようか?」
 「ワルイね〜、いつも・・・もう部番、拾いだしてあるから」
 「いやいや、ボクも要るモノあるし」
 「じゃ、あした・・・」

<5> MGBリ・バース・ラン


 ゼニスキャブの蓋(サクションピストン・カバー)を外し、ゴムの膜(メン ブ
レン)を固定しているネジを外すと、ニードルの付いたサクションピストンが 抜
き出せる。ダンパーオイルのシリンダー底部に、長いヘキサゴンレンチを差し 込
んで弛めると、ニードルAssyが外れる。問題の<Oリング>は、そこにある。
 ゼニスのオーバーホール・キットには、メンブレンやガスケットは含まれて い
るけれど、<Oリング>は無い。同じゴム部品なのにルーチンワークに指定さ れ
ていないのは腑に落ちないが、ま、この際どうでもいい。これさえ交換すれば 、
また走ることができるのだ。
 キャブを外されて動けないグリーンのMGBは、そうしたままで3週間を過 ご
した。
 「OKだよ!、来る?」
 電話の向こうで声が弾む。<Oリング>をはじめ、すべての取り付けを完了 し、
調整を終えて蘇生したという。もちろん、行かないワケがない!!
 「やったね〜、ついに!。どぉ?、回る??」
 「もっちろん!・・・ほらっ!!」
 「おーおーおーおーっ!!!」

 ・・・夏というより、もう晩夏と表したほうが相応しい季節だった。
 グリーンと紺の2台のMGBは、峠の頂上のガソリンスタンドの前を、再び 、
今度は完璧なエキゾースト・ノートを揃えて駆け抜けると、山間深くけたたま し
い二重奏が響きわたった。甦ったグリーンのMGBを記念して、その日、<リ ・
バース・ラン>と銘打ったツーリングが催された。
 美味しいワインディング・セクションで、先行するエコランの軽トラに追い つ
いてしまい、スピードダウンを余儀なくされる。と、間もなくトランシーバー か
ら冗談まじりの野次がとんだ。
 「あの軽トラ、ゼニス付けてんじゃねーのぉ?」
 「あっはっはっ、そ〜りゃあ、ダンパーオイル見たほーがイイっ!」

(「ゼニス もうひとつの弱点」おわり)
お粗末さまでございました m(_ _)m

お金も無かったのですが、なんとか修理を果たすことに意義を感じて、友人と 二
人で取りかかった作業でした。なにしろ情報に乏しいことには苦心しましたけ れ
ど、かくて成すことができました。
このMGBは、件のマイルストンに同行したクルマで、今も渦中のゼニスを搭 載
して元気に走っています。尤も、オートチョークの解明には少し課題を残して い
ますが・・・。

かような愚話でしたけれど、ちょっと難しくなりました(^^; やっぱり解説図 が
ないと理解できませんね・・・(;_;)
また、文中の誤りなどを発見されましたら、どうかご一報ください。
ありがとうございました。

では、では・・・(^^)/~~

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