いわぞうコーナー
「格安 MGB圧縮回復術」
・・・紅葉狩りに賑わう神無月の帝釈峡。
景勝「雄橋(おんばし)」を跡にした快速MGBは、座席に舞い込んだ紅い落葉
をみやげに、中国縦貫道を西へ飛ばす。山間のトンネルにさしかかったとき、そ
れは起こった。
規則正しく響きわたっていた排気音が突然乱れ、スピードは下がり、レブも落
ちる。
「なんだ・・・?!」
「どうかしたの?」
隣に座る彼女が、ノーテンキに明るく問い質す。 <一応、現女房です>
「いや、ちょっとね。ちょっと、そうパーキングでも寄ろうか?」
いたずらに不安を浴びせるのも悪い。説明はせず、思いとは裏腹な(いささか
引きつった)笑顔で、曖昧にこたえた。そうしてMGBは小さなPAに滑り込ん
だ。
さっそくボンネットを開けて点検。
さすがのノーテンキさんも、いよいよ事の重大さが飲み込めてきた様子で、少
々不安な面持ちをして、また尋ねる。
「どうしたの?」
「うん、1本おかしいんだ。死んでるみたいで・・・」
まあ理解しなくても慰めてくれりゃ、と今度は正直にこたえるが、奴小さんと
きたら・・・、
「大丈夫なの?」
「たぶん平気だと思う。走れると思うよ」
「どうなんの?」
「・・・?!」
「帰れるの?」
(オォイ、いい加減にしろ!)
くだらぬやり取りに付き合っている場合じゃない。点検だ、点検。
点火プラグ;3番だけ完全カブリ。デスビ;目視異常なし。3番プラグ;火花
良好ゆえHTリードOK。再始動;可能、しかし依然バラつく。いったい、どう
いうことだ・・・???
ここで、これ以上なす術はない。走れるところまで帰ろう、と咳き込むMGB
に鞭をいれてPAを跡にした。結局、症状は良くも悪くもならないまま、遂にガ
レージまで辿り着いた。尤も帰路で、隣で喋っていた彼女の話は、うーむ、何ひ
とつ覚えていないが・・・。
ガレージにて。
持てるテスターすべてを使って調べるも原因不明。症状から推測できるのは圧
縮抜けだ。しかしオイルも減っていないし、冷却水だってオイルの混入は見られ
ない。
[付録解説1]オイル交換のとき、それと判るほど廃油に冷却水が混入していた
ら、ヘッドガスケットの吹き抜けが推測できます。非常事態。至急、手を打った
ほうがいいようです。解説おわり。
こわごわと指を3番プラグの穴に差し込んで、クランキングを試みた。と、わ
ずかな圧力は感じるものの、それは「プスプス」でしかない。
ということは・・・やっぱり!!
いやいや、ちゃんと圧縮計で測るまでは、滅多なことを言っちゃならん。目の
前にある現実を俄には信じられず、もとい、信じたくなくて、原因の断定を持ち
越す。だが、近所の工場へ入れて測ったゲージの針は、情け容赦なく予想を的中
させた。圧縮計の針は、ほとんど・動・か・な・い・・・!!
仕方ない。よくわかった。では、いったいどこから抜けているのか。
残る箇所は、ピストンクラウン、同リング、またはバルブ、同シートぐらいし
か思いつかない(どれでもエライコッチャ!)。そういえば、ときどきマフラー
で爆発音がしていた。アフターファイア。ならばバルブか・・・?
[付録解説2]慢性的な圧縮漏れなら、オイルを使った圧縮測定で、リング摩耗
か、バルブシート劣化か、ある程度判断できます。
>まず何もしない状態で各気筒の圧力測定をし結果を比較。一番低い気筒の値
を記録しておきます。>次に、プラグ穴から少量のオイルを垂らし再測定。>そ
の値が記録より高ければリング、同じならバルブシート、と推測できます。
>Why?;値が異なる場合。垂らしたオイルはリングと気筒ライナーの隙間
に付着して、気密性を上げるからですね。解説おわり。
ここから先の探求は、一発勝負。シリンダーヘッドを外して、眼で確認するし
か方策はない。でも、そんなの・・・タッペット調整くらいは経験があるが、エ
ンジン分解なんて冗談じゃない。それに、もしもヘッド周りやピストンじゃなか
ったら、だれが責任もつんだ!
かくて独り憤ったものの、間もなくトルクレンチやら、ヘッドガスケットやら、
必要な工具と部品を買い揃えることになった。なんたる不経済。
作業開始。とっころが、何年も使ってきたエンジンのヘッドは、そう簡単には
外れてくれない。座右の書「ヘインズ・マニュアル」には、おのれ、キレイごと
ばっかり書いてある。ぜーんぜん話しが違うじゃんか、クソッ!!
もうバールだろうが、ハンマーだろうが、おおよそClyヘッドというデリケー
トな部位とは無縁の、過激な工具まで飛び出す。途中で止めては、にっちもさっ
ちもゆかないのだから仕方ない。
おーおー、明け方近くになって、ようやく外したヘッドを見ると、果たして3
番の排気バルブは、哀れ・・・小指の爪ほどが欠落していたのだった。
ああ、どーして、どーして、ああ。
いく通りかの選択に迫られた。
この「ヘッド」を再生するか、または新調するか。
詳しく観察すると「エンジン・ブロック」は年式通りの<18G>なのに、前オ
ウナーにより「ヘッド」は後年の<18GA>に替えられている(燃焼室形状が僅
かに異なる)。さればオリジナルに固執する理由はない。
それなら、ついでに無鉛仕様の改良ヘッドにしよう。圧縮比も上げたいが、3
ベアリングのクランクシャフトではハイリスクに過ぎる。では標準<8.8:1>でよ
かろう。
英国MGOCスペアーズには、希望に沿ったClyヘッドが用意されていて、
\17,000+アルファで購入。既存ヘッドを整備(バルブ他、シート加工や面研な
ど)したら、この2倍ほどかかる。はっは、なんたる好経済!。
再び、ここで考えた。
ヘッドを新品にすれば、エンジン上半分の圧縮漏れに対して最善の策がとれる。
ならば、なんとか下半分もできないか。すなわち、ピストンリングの刷新だ。も
ちろんエンジンを車載のままで。もしできたら、未体験、34年前の生きのイイ圧
縮力が得られるのだ。
答えは「可能」。ちと眉に唾をつけているようだけれど、「ヘインズ」はそう
説いていた。
乗りかかった船、あるいは毒喰わば皿まで・・・いいだろう、やってみようじ
ゃないか!!
最終モデルのMGBでも、すでに17年の歳月を経ている。走行状況によって程
度の差はあるにせよ、おしなべて圧縮圧力の低下は否めない。それも慢性的に、
徐々に進行するから、長く持っているオウナーでさえも自覚しにくい、厄介な病
いだろう。
[付録解説3]燃焼室の圧力が下がると、パワーダウン、燃費悪化、さらにブロ
ーバイガス(吹き抜けガス)によるオイル劣化、またオイル上がり(また下がり)
も引き起こします。もしもオイルが頻繁に劣化、消耗するなら要注意でしょう。
解説おわり。
ヘッドを外したままの半分解状態で、MGBはガレージに伏している。
ピストンリングを交換するには、もちろんライナーからピストンを抜き出さな
ければならず、エンジン車載でこれを行う。
1[オイルパンを外す]オイルパン・ボルトの前方一部は、フロントのサス・
メンバに隠れているので、Egnマウントを外し、エンジンのみをジャッキなどで
浮かせる必要がある。するとレンチがとどく。(車高が上がった後期型サスメン
バはよく知りません。メンバのマウント形状が異なります)
2[コンロッドのビッグエンド(親メタル)を分割]ロックタブ(ボルトの弛
み止め)は新品を用意。
3[クランクシャフトは外さず、コンロッド付きのピストンを引き出す]いっ
そメタル交換までやりたいが、クランクを外さないのでジャーナル(軸受け)は
交換不能。親メタルだけの交換は無益。作業系統が別と考えるべき。
さて、抜き出したピストンからリングを外し、リング溝やガジョンピン(ピス
トン軸)などを清掃する。新たなリングを装着するワケだが、リングの上面と下
面やトップ/2/3番の順序を間違えぬよう、気を付けなくてはならない。それ
ぞれ圧縮リング、油かきリング、保油リング、と役目が異なっているからだ。
また、リングは一見傷んでいなくても、エッジの摩耗や、張力の減衰があ
り、圧縮漏れの大きな原因となるらしい。
[付録解説4]ボア・ウオッシュについて。細霧化していない混合気(生ガス)
が燃焼室に吸い込まれ、シリンダー・ライナーの潤滑油を洗い流すことをいいま
す。ピストンリングとライナーの無油摩擦は、著しく双方を摩耗させ、ときには
傷を付けるらしく、デロルトやウェバーなど、濃ガスのキャブは心配・・・。以
前、スプリット・デロルトを付けたとき「ガスは薄くせよ」と、英MOSSの英国人
が口酸っぱく言ってました(聴くまで知らなかった)。解説おわり。
組付けは基本的に逆の手順で行うが、再使用不能の部品はいうまでもなく、
ボルト/ナットもできる限り刷新したい。とくにオーバートルクで締められてい
たネジ類は、再使用以後、あっけない脆弱さをみせることもある。
そして組付けにはトルクレンチを使い、指定トルクに従う必要が欠かせない。
なかんずく、親メタルやヘッドを感覚と想像で締めるのは、あんまりにもリスク
がデカい。相手は爆発と摺動を反復し、かつ高熱と振動に包まれているエンジン
である。
「眉唾ヘインズ」を半ば怨めしく思いながら、ロッカー・カバーのキャップナ
ットを締める。バルブクリアランスOK。デストリビュータのポイント隙間もO
K。オイルと水も満たし、すべての準備は整った。
けれど、その夜はイグニション・キーに触れることなく、そっとガレージの扉
を閉じた。
万が一、万が一、組み付けを誤っていたら、努力は水泡に帰すだけでは済まな
い。元より醜い状態になることだって、充分あり得る。作業メモを何度も確認し、
手順を回想する。それでも自信がなくて、またプラグを外し、手を使ってクラン
クを回す。
大丈夫だ・・・たぶん・・・。
「キュン、キュン、キュン、キュン」
(・・・?)
「キュン、キュン、キュン、キュン・・・」
(くっ、駄目か!)
「キュン、キュン・・・」
放置していた間のオイル切れと、新品ピストンリングの当たりに思いやって、
始動前にシリンダー内へ少しのオイルを注いだ。どうやら、それが火花を妨げて
いるようだ。バッテリーに望みを託してリトライ。
「キュン、キュン・・・ボッ」
(!)
「ボッボッブババババーーーン!」
(!!!)
「グボァガァーーン、ドッゴアf//dボfbジ$#$'&%@@・・・!!」
(やった!!)<文字化けではありません、擬音です>
生ガスと燃えたオイルの匂いが混ざり合い、狭いガレージに充満する。床、棚、
そこらじゅうに積もっていた粉塵が舞い上がる。激しく身を震わせてアイドリン
グを続けるMGBは、右足の動きに呼応して雄叫びを轟かす。
思わず、ノイズに負けじと大声が口を衝いた。
「よぉーろしいっ!!」
本来の圧縮力をとりもどしたMGB。
その乗り心地は「いやー、さすがにトルクフルになった」と言いたいが、そう
はゆかない。ガソリン・エンジンの三要素とは<良い圧縮、良い火花、良い混合
気>といわれ、満たした条件はひとつに過ぎない。
しかれども、美しく揃ったタペット音や排気音は、メンタリティに大きく貢献
する。バルブが動いている様を想像しながら運転できるのだ。この信頼感が意味
するものは、決して小さくない。
物見遊山の紅葉狩りに始まった異常事態は、年の瀬を越えてようやく完結をみ
た。ガレージの窓からみえる庭の木には、雪が積もり、そして解け、新たな芽吹
きと共に、再びアスファルトの白線を追い駆ける日が近いことを予感させた。
「さあ、また走ろう・・・」
アイドリングが落ち着いた運転席で、胸の中に小さくささやいた。
それからほどない2週間後、MGBは「マイルストン250」へと発った
のだった。
(「格安 MGB圧縮回復術」おわり)
またしてもの愚話長文にお付き合いくださり、本当にありがとうございました。
かくしてMGBは、目下、元気に走り回っております(^^)
文中の誤記はむろん、ご感想、お叱り、何なりと頂戴いたしますので、どうかよ
ろしくおねがいします。m(_ _)m
では、では・・・(^o^)/""
この記事は、岩国在住の「岩ぞう」さんより頂きました。